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東京高等裁判所 昭和47年(ラ)55号 決定

抗告人

三菱原子力工業株式会社

右代理人

山根篤

外五名

相手方

山木惣次

外目録記載のおり一、五八九名

右代理人

為成養之助

主文

1  原決定を取り消す

2  相手方らの本件文書提出命令申立を却下する。

理由

1抗告人は主文と同旨の決定を求め、その理由として、相手方らの本件文書提出命令申立は、民事訴訟法第三一二条各号のいずれによつても抗告人において提出義務のない文書にかかわるものであり、仮に同法条によつて右義務があるとしても、さらに同法第二八一条第一項第三号が類推適用されるべきであるところ、右文書の内容には抗告人及びその提携企業の技術上の秘密に関する事項が含まれているので、その提出を拒み得るものであるから、右申立を認容した原決定は取り消され、相手方からの右申立は却下されるべきであると主張した。

相手方らの本件文書提出命令申立の内容及び理由は原決定書の該当欄に記載のとおりであるから、これを引用する。

2相手方らの本件文書提出命令申立は、まず、次のとおりその方式を備えていない。

相手方らは右申立に当つて民事訴訟法第三一三条に定める事項を一応明にしているが、そのうち、当該文書によつて「証すべき事実」としては、要するに、本案訴訟で除却または運転の停止を求めている原子炉(臨界実験装置)には構造上本質的な危険性が内在し、平常時運転においても常時放射能が照射される危険があり、また、操作上、技術上の過誤に伴なう事故の発生を免れないのに事故時の安全装置に欠陥があるので、事故時の爆発的な核分裂の連鎖反応に伴う発射、放射能の照射等の危険が大きく、本案訴訟の原告ら(本件相手方ら)はその危険にさらされていること、を掲げるに止まつている。しかし、右に掲げられた事項は証拠価値に関する判断を超えた本件の本案訴訟で判断されるべき主命題であつて、「証すべき事実」とはなりえない。右主命題は、前記原子炉(臨界実験装置)の構造、運転、安全装置等に関する具体的な事実が確定され、それが前提となつて判断されるものであつて、証拠をもつて証すべき対象は、右具体的な事実であり、しかも、その事実の指摘すなわち主張があり、その主張を対立当事者において争う場合に限られるのである。そして、右事実に関する主張がすなわち民事訴訟法第三一六条にいう「文書に関する相手方の主張」に当るのであつて、もし相手方らが「証すべき事実」として掲げる前記事項が右法条にいう「相手方の主張」となるとすれば、同法条の適用によつて前記のとおり証拠上の判断を超えた訴訟の主題に関する判断が法的に認定されるという不合理を招くのである。

文書提出命令の申立は、証拠方法としての書証申立の一方式である(同法第三一一条)。証拠の申出は、一般的にも要証事実を表示してなされるべきであり(同法第二五八条第一項)、これを欠くか不明確かであれば、すでに証拠申出は不適法なものというべきであるが、弁論の全趣旨からして要証事実が或る程度推測できるか、対立当事者において強いて異議を申出でないかぎり、右の方式が必ずしも厳守されていないのみか、争いのない事実に関する証拠申出も許容されているのが現状である。この現状は法制上その他諸般の事情から、訴訟外で十分な訴訟資料を取集、整理することがなく、これを口頭弁論の場に求め、真実発見の目標のもとに当事者も裁判所も証拠手続の不備に寛容となる事情に基く。しかし、本件のように対立当事者において手続の厳格な運用に固執し、しかも弁論の全趣旨からしても右要証事実が分明でなく、とくに文書提出命令としてこれに応じない場合の法的効果の定めがある場合(同法第三一六条)には、その本来の建前に従う厳格性が要求される。

以上によつて、相手方らの本件文書提出命令申立には、法の要求する証すべき事実の明示を欠くことになり、同申立はその点で不適法であるというべきである。

3次に、相手方からの本件文書提出命令申立にかかる文書は抗告人においてその提出義務を負うものでもない。

民事訴訟法第三一二条各号は文書提出を拒み得ない場合を規定しているが、

(イ)  同条第一号にいう当事者が訴訟において引出した文書とは、文書を所持する当事者がその内容を自己の主張事実の積極的または消極的な裏付けとして口頭弁論において引用した場合と解すべきところ、相手方らの主張によつても、抗告人において本件文書の内容をいかなる意味においても引用したとはいえない。

(ロ)  同条第二号にいう、挙証者がその引渡又は閲覧を求め得る文書とは、法規または契約上右引渡または閲覧を請求する権利を有すべき場合であるが、本件文書については相手方らにおいて抗告人に対しそのような請求権を有すべき法規または契約上の根拠は見出せない。

相手方らが主張する原子力基本法第二条に定める公開の原則は、相手方らに対し、前記装置設置許可申請書の引渡または閲覧を請求し得る権利を付与したものとはいえない。

(ハ)  同条第三号前段にいう挙証者の利益のために作成された文書とは、挙証者の法的地位を基礎づけるために作成されたものというべくところ、本件文書がそのようなものでないことは明らかである。

同号後段にいう挙証者との文書の所持者との間の法律関係について作成された文書とは、これまた右両者間の法的地位を基礎づけるものとして、同両者の間接または間接の干与によつて作成されたものであつて、たとえば、日記またはメモのように所持者が単独でその必要上作成したものを含まないものと解すべきところ、本件文書は間接にせよ両者干与のもとに両者間の法的地位を基礎づけるものとして作成されたものとはいえない。

もつとも、本件文書には、前記装置の設置許可申請を所管庁(内閣総理大臣)に対し提出するに当り、法規に定められた所要事項が記載され、その記載には右装置付近住民である本件相手方らとの関係において、同住民らの身体、生命、居住の安全性に関する事項が含まれていることは関係法令の諸規定上明らかであり、右安全性に関する事項は相手方らが本件本案訴訟において保護を求めている人格権、所有権、占有権等に対する侵害可能性の有無にかかわりのあり得ることであるから、右事項を右装置の設置者である抗告人と相手方らとの法律関係であると広義に解する余地がないわけではない。しかし、右安全性の有無、または侵害可能性の有無に関する事項はこれを相手方らの主張のとおりに解しても具体性のない事実上の関係であつて、未だ法的な関係となる以前のものである。また、相手方らは直接本件文書の作成にかかわりがなかつたとしても、内閣総理大臣は所管庁として相手方らまたは相手方らを含む付近住民の利益を重視して本件文書の内容を審査し、所要の訂正、変更を以て許可をしたのであるから、相手方らは重要な利害関係人として間接に本件文書の作成に干与しているものと同視すべきであると解する余地もないとはいえない。しかし、そのように解するならば本件文書に関する利害関係人の範囲は甚だしく拡大され、民事訴訟法第三一二条の規定が文書提出を拒み得ない場合の要件を限定した意義を失うのみならず、右の場合の内閣総理大臣は、むしろその許可行為について相手方らから場合によつては取消を求められることもありうる対立的立場にあるものであるから以上の解釈の余地はない。

4本件文書が、相手方らが本件本案訴訟において主張する前記装置の危険性の有無を解明するうえで極めて重要なものであることは容易に理解できるところであり、これが抗告人の手中にあつて相手方らがこれを利用して右解明をなしえないことの不便な立場は容易に理解できるところである。それにもかかわらず、相手方らに対し前記危険性のよつて来る構造上、運転上、安全装置上の具体的な主張を明示することを求めるのは、問いに答えるのに問いをもつてする空論のそしりを招き、難きを強いる形式論の評を免れないかも知れない。しかし、本件本案訴訟は科学上の技術や成果を究明することにあるのではなく具体的な行為の許否を国家権力によつて実現することにあるのであるから、本件文書の重要性はその内容が訴訟の攻防上でいかなる意義をもつかにあることになり、そのことは相手方らに止まらず、抗告人にとつても同様なことであり、これが訴訟資料とされないことによる本案訴訟での攻撃防禦上の有利、不利は必ずしも相手方らのみにあるとはかぎらない。他の一般経験則上、科学、または諸々の間接的事実との総合考察上、いわゆる証明責任ないし証明の必要に伴い、却つて抗告人こそ、本件文書を訴訟資料として提供しないことによる不利と、そのいうところの企業上の秘密保持との選択を迫られる場合もなしとしないであろう。訴訟手続上の法則はいわば諸刃のやいばともなる普遍的なものであるから、たとえ、近時新たに現れるに至つた紛争を対象とする訴訟で科学技術上、時間、場所その他の関係上、重要な資料が入手し難いことがあり得ても、その困難の打開は、訴訟手続の法則を個々の事案毎に安易に変更、適用することではかるべきではない。

5以上のとおり、相手方らの本件文書提出命令申立は、その方式においてすでに適法な方式を欠いているほか、抗告人において提出義務を負う場合でなく、かつまたその提出を拒んでいる場合であるから、右申立を調容するに由なく、これを却下するのほかないものであり、同申立を認容した原決定は相当でないのでこれを取り消し、主文のとおり決定する

(畔上英治 下門祥人 兼子徹夫)

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